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越年のススキ
瀬板の森公園に行ってきた。
某化学会社の貯水池周辺が公立の公園として整備されたところだ。
貯水池の西岸 南北約2.5kmが細長く遊歩道状に整備されている。
ちなみに東岸はパブリックのゴルフ場となっている。

爆弾低気圧が猛威をふるった直後だが久しぶりに風もなくおだやかな休日、明るい陽射しに誘われて出かけることにした。次男が所属している野球部の走りこみが最終日ということで部員の雄姿?を見にいくのが目的だった。
その公園が約20km.のロードワークの中間地点となっているのだ。



展望台に登った帰り道 陽の光に輝くススキに気がついた。
本当にススキなのだろうか・・・?疑問は残るががとりあえずそういうことにしておこう。
ただ銀色に輝くそのススキは本当にきれいだった。秋に見る風にたなびく群生したススキではなく孤独に年を越したススキの穂だった。

これも温暖化の仕業なのか?と思いはよぎるが、ただ今まで気がつかなかっただけなのかもしれない。いろいろなところで報告されている異常気象も気になるところだが、自然の中に身をおけば様々な発見や出会いがあり本当に楽しい時間を過ごすことができるということ、こうした当たり前のことに目を向けることがひいては温暖化の防止につながると信じている。




展望台は「こどもの丘」と名付けられた遊具の置かれた場所の近くにある。
そこは小さな石を積み上げたように見える腰壁や円錐形のオブジェに囲われている。
この小石を積んだような腰壁やオブジェが・・・とてもいい雰囲気をつくっているのだ。

手入れがしやすいとか工事が楽だ などという理由でアルミのフェンスが使われている場合も多くなんとも味気なく殺風景な公園をよくみかける。
滑り台やジャングルジムなどの遊具さえ用意すればよい、機能や用途が満たされれば遊び場になる という安易な発想の賜物だ。

北風が吹けば身を寄せる場所が欲しいし、炎天下の夏には木陰も欲しい。みんなにとって居心地の良い場所だからこそ子供たちにとってもかっこうの遊び場になるのではないだろうか。



こうした公園の中身ばかりが公園の楽しさではない、公園から見える風景や景色も大きな要素となる。時間を忘れて遊び続けふと気づくと陽が大きく傾きかけていることもあるだろう。そして見上げた空の美しさや水墨画のように濃淡で重なり合う山並みなど時々刻々と変化する風景にただ見とれて佇んだ経験のある人も多いのではないだろうか。

ごくあたりまえで何の変哲もないものの 小さな変化なのかもしれない。
しかしそうした些細な変化に気がついた時の喜びは 決して小さくはないのだと思う。
| 郷土 | 23:23 | comments(9) | - |
藤紫 〜孤高の色〜


藤の季節になった。
というより・・むらさきの季節になったといったほうがいいのだろうか。
桃、桜から藤、紫陽花へ・・・春はピンクから紫への季節の変化なのかもしれない。

こう書いてみるとこじつけかもしれないが季節の移り変わりに伴って、
梅→桃→桜→菜の花→藤→紫陽花→スミレ・菖蒲 
赤から紫へと花の色も変化しているように思える。

あたかも虹の七色のようだ。
理科的にいえば波長の長いものから短いものへ・・なんとも興味深い
・・・光のスペクトルと花の色 なにか関係があるのだろうか。




むらさき・植物ムラサキの根(紫根)を染料にしたことが紫の名の由来。
栽培が困難だったため珍重され、古代中国、ローマ帝国、律令時代の日本などでは、紫は高位を表す色とされた。
一般に、紫は「優雅」や「高貴」を表す事が多い。
『ウィキペディ(Wikipedia)』

ムラサキは絶滅危惧種にも指定されているそうで上記の内容にも合点がいく。

そうしたことはさておいても・・藤色 ほんとうに綺麗な色だ。
藤の薄紫は桜の淡いピンクに似て 儚(はかな)げだが、桜のような華やかさは感じない。スミレや蓮華、菖蒲・紫陽花など他の草花の紫とも違う。
その色は外にではなく内に向かっているような・・なんとも不思議な色のように思う。

「孤高の色」 こうした表現があるのかどうかわからないが
・・なんとなくしっくりこないだろうか。



写真は北九州市八幡西区にある「吉祥寺(きっしょうじ)」
樹齢150年ともいわれるている藤の木だそうだ。
平日の昼間にもかかわらず多くの人たちで賑わっていた。
お弁当をひろげて楽しそうな家族連れの姿もあった。

花見の宴では桜の枝を折って頭に巻きつけて騒いでいる人たちを見かけたが、
藤の下ではそうした光景をみることはなかった。
これも 藤色の効果 と考えるのは・・それこそこじつけになりそうだ。
しかし人々の感情はそうした些細な違いにも敏感に反応し左右されるものだ。
いつまでも、またいつの時代でもそうありつづけて欲しいと願ってやまないが、
すさまじいまでの時代の変化や、酒の力の前にはなんとも心細い限りだ。
| 郷土 | 16:01 | comments(10) | trackbacks(0) |
桜・さくら・sakura 〜サライの空へ〜


今年の桜は長く楽しめているような気がする。
開花してから気温が下がったのが原因とも言われてるそうだが・・なんとも不安定な気候が桜を愛でるには幸いしたようだ。




桜吹雪を眺めながらふと「サライ」という曲が浮かんできた。
24時間テレビ「愛は、地球を救う」のテーマソングだ。

サライ とはペルシャ語で 小さな宿 という意味だそうだが、
故郷(ふるさと)というニュアンスにとっていいのだろう。



写真は岡垣町の成田山の桜。
桜の名所として地元では有名なところで、山の中腹にあり玄界灘を一望できる。
青く澄んだ空にどこまでもひろがる大海原、なんとも清清しく大きな気持ちになれる場所だ。

サライは夢をもとめて旅立つ人たちのあこがれや不安 そして遠く故郷を想う気持ちをうたっているが、なぜか旅立つ人を見送る家族や友人たちの姿が浮かんでくる。

故郷は 空や海や山々・・・そしてなによりそこに暮らす人たち

旅立つ人がいれば 守り続ける人たちがいる。
「いつでも帰っておいで・・・」
そんな想いを込めて守り続けている人たちが・・・そこにはいる・・・。
| 郷土 | 12:22 | comments(11) | trackbacks(0) |
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